Fill the Ocean with a Single Drop『大海を一滴で埋めよ』|第一話:「冷凍の壁」2025年3月28日

第一話:「冷凍の壁」

このドラマは、対馬水産による新規プロジェクトをユーモアとリアリティを交えて描くノンフィクション・シリーズです。

新たな輸出ビジネスモデルを豊洲市場に提案するも──「冷凍=安価」という壁に跳ね返される。

【オープニング】

対馬で漁師が穴子の水揚げをしている

(早朝の対馬の海。霧が立ち込め、静けさの中、あなごの籠が静かに引き上げられる)

ナレーション(落ち着いた男性の声)

日本の果て、対馬。

ここに、“冷凍ではない冷凍魚”をつくる、小さな水産会社がある。

その魚はいま、海を渡り、

豊洲市場の新たな商流の扉を叩こうとしている——。

2025年3月28日【東京・豊洲 市場 荷受け 冷凍部門会議室】

(蛍光灯の光が照り返す、東京都・豊洲市場の無機質な会議室。冷凍部門の大川部長(60代)が資料をめくっている)

大川部長(静かに)
「え? 冷凍なのに高品質?
高級魚をわざわざ凍らせて、解凍してから輸出……?」

(隣で営業の児島(55)が無言でうなずく)

(対馬水産からは、22歳の新人・長谷川(女性)と、ベテラン営業の児島が同席)

長谷川(緊張しながら資料を配る)
「こちらが、活け締め後に真空パックし、急速冷凍“凍眠”処理を施したアナゴの開きです。
解凍後でも、刺身で食べられる品質を保っています。
処理方法などの詳細な情報は、この資料にまとめております。」

大川部長(冷静に)
「対馬ブランドの魚を冷凍に……? それで、価格は?」

長谷川
「仕入れはキロあたり〇〇円で、単価としては……」

児島(食い気味に)
「部長、これは普通の冷凍とはまったく違うんです——」

大川部長(やや強めに)
「児島さん。じゃあ逆に聞きますけどね、
    この商品、一体“どこに”売るつもりなんですか?」

(長谷川、まっすぐに見返して)

長谷川
「私たちは、この高品質でおいしい冷凍魚を、解凍後に“鮮魚便”として
    海外の高級店に向けて空輸できればと考えています。」

大川部長(あきれ気味に)
「うちの取引先は、ほとんどが量販店ですよ。スーパーや生協。
    主婦が手に取る食材は、1食380円の調理済みのおかず。
    それを190円で卸して、ようやく回る薄利多売の世界です。
    そんな高い冷凍魚、扱いようがありませんよ。」

(少し間を置き、語気を落とし)

「まして、“冷凍を解凍してチルドで輸送”なんて……
    我々“冷凍部隊”には、正直、想像もつかないです。」

長谷川(食い下がるように)
「それなら……鮮魚 担当の方をご紹介いただけませんか?」

(長谷川、まっすぐに見つめる)

大川部長(目をそらしながら)
「申し訳ないけど……うちは完全に縦割りなんです。
鮮魚部隊に知り合いもいません。」

長谷川(落ち着いた声で)
「……そうですか。」

大川部長(少し気まずそうに)
「……まあ、一応、誰かいないか聞いてみますよ。」

長谷川(頭を下げて)
「ありがとうございます。
    本日、サンプルをお持ちしました。ぜひご試食だけでも。
    本当に美味しいアナゴです。
    今晩、白焼きで晩酌のお供に召し上がってみてください。」

大川部長(柔らかく)
「……ありがとう。今晩、食べてみます。」

長谷川
「今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。」

ラストシーン

(東京の夜景。市場ビルの外階段から、煌めく街を見下ろす対馬水産の2人)

児島(苦笑しながら)
「“冷凍の壁”か……。
長谷川、次は“鮮魚部隊”への営業だな。どんな壁が立ちはだかるかは、行ってみなきゃ分からん。
でも——やるだけ、やってみよう。」

長谷川(夜風を受けながら、力強く)
「一滴から、大海を変えられるって——
    私は、本気で信じてます。」

▶次の話
第二話:『鮮魚の壁』