Fill the Ocean with a Single Drop『大海を一滴で埋めよ』|第十七話『爪痕』2025年5月1日

第十七話『爪痕』
このドラマは、対馬水産による新規プロジェクトをユーモアとリアリティを交えて描くノンフィクション・シリーズです。
展示パビリオン内の不利な立地で苦戦する万博の「伝助炙り煮穴子重」。
売上よりも知名度を優先し、試食の提供を決断する。
2025年5月1日 11:00 【大阪万博 ORAパビリオン1F テイクアウトブース】

児島
「米山店長、おはようございます。
売上、いかがですか?」
米山店長
「見ての通りだよ……。
ゴールデンウィークだってのに、この時間でこれじゃあね」
(テイクアウトブース前、人通りはまばら)
柴山(広報)
「来る途中、東ゲート付近はすごい人でしたよ。
マレーシア館のレストランなんて、大行列でした」
米山店長
「そりゃ、あっちはゲートのすぐそばだからな。
うちは立地も悪いし、展示中心のパビリオン。
実質、企業の広報ブースみたいなもんさ。
テーブルも椅子もなくて、テイクアウト店として体をなしてないよ」
児島
「大屋根リングの下に少しだけベンチはありましたが、
この辺りにはテーブル席がまったく見当たりませんでしたね。
みんな地べたに座って食べてました。
……そのうちSNSで叩かれるかもしれません」
柴山(広報)
「他の店舗は、外にテーブルやパラソルを出してました。
テイクアウトの売上は“席数”に左右される──それが常識です。
でも今、同じ条件の中でも、行列ができてる店と、閑散としてる店がはっきり分かれてきました」
米山店長
「出てるのって、大手フランチャイズばかりじゃないのか?
場所が良けりゃ全部勝ちって話でもないのか?」
柴山
「もちろん、人が溢れていれば何でも売れます。
大手ならではの回転力も武器になります。
でも、今の来場者は違います──ほとんどが日本人です」
「“非日常”を求めて来ている人が多い。
だからこそ選ばれているのは、“普段食べられないもの”。
マレーシア、パキスタン、ドイツ、ハラール料理……
珍しさやライブ感、SNS映えするような料理は、一日中だらだらと行列が続いています」
米山店長
「なるほどな……日本人は外国料理、外国人は日本料理ってわけか。
でも今どき、日本じゃ何でも食えるだろ」
柴山
「だからこそ、“どこにでもある料理”では、刺さらないんです。
非日常の体験、珍しさ、マニアックさ……それで差別化できるかどうかが勝負です」
「たとえば、トルコアイスも銀だこも、最初は博覧会で話題になって広まりました。
“動く歩道”だって、1970年の大阪万博からです」
米山店長
「じゃあ……うちの“伝助炙り煮穴子重”も、“マニアックな日本食”に入るってことか?」
児島
「はい。正直、かなりマニアックです。
でもそれが“武器”にもなります。
同時に、“知られていない”ことが最大のリスクでもあるんです」
「誰にも知られてない料理で、店がガラガラだったら──
それは最悪です」
柴山
「万博は、“世界規模の試食会”です。
ウケれば、国内だけじゃなく、海外展開のきっかけにもなります。
リアル店舗、フランチャイズ、卸売……可能性は広がっていきます」
「まずは“行列”を作ること。それがすべての始まりです」
米山店長
「でもなぁ……立地も悪い、展示パビリオンの中、大手の看板に囲まれて、
今や売上最下位のうちが、この“マニアック穴子重”で行列なんて……どうすりゃいいんだ?」
柴山
「本部の承認、取ってきました。
──“試食”を出しましょう!
まずは“知ってもらう”ことから始めないと。小規模でも構いません。ORA館内で行列ができれば、それだけで話題になります
目指しましょう。ORAの中で売上“一番”を
(米山店長、渋い顔)
米山店長
「博覧会のテイクアウト店で、試食?
聞いたことないな……。
しかも、試食って、タダで出すってことだろ?
人件費も出店費もギリギリなのに、これ以上原価率が上がったら目も当てられん……」
柴山
「それでも、やるしかないんです。
ここで“爪痕”を残しましょう」
米山店長(言い訳を探すように)
「もし試食で行列ができすぎて、入場制限とかかかったら、他の店舗に迷惑かかるんじゃ……」
柴山
「撒いて、引いて、また撒く──その繰り返しです。
行列は、こちらでコントロールできます」
米山店長(あきらめたように)
「……わかったよ。
米の注文も増やさなきゃな……やっと慣れてきたのに、休むヒマもねぇな」
柴山
「明日、5月2日はマスコミの取材も入ります。
どうか、お願いします」
米山店長
「……わかった。試食用のセット、頼む!」
柴山
「はい。本日中にすべて揃えます。
試食スタッフもこちらで手配します」
児島
「撒き餌か……釣りにいきてーな」