Fill the Ocean with a Single Drop『大海を一滴で埋めよ』|第二十一話『覚悟』

このドラマは、対馬水産による新規プロジェクトをユーモアとリアリティを交えて描くノンフィクション・シリーズです。

――新たなステージが見えた。
その先に立ちはだかるのは、越えるべき“現実”だった。

2025年6月19日 対馬水産・本社会議室

(静まり返る室内。紙をめくる音だけが、かすかに響く)

塚口部長
「……で、冷凍棒寿司の反響は?」

児島
「いまは国内商社に向けて試食を進めている段階ですが……
かなり手応えを感じています。
“これが冷凍?”と、皆さん驚かれていました。」

塚口部長
「上々の滑り出しだな。」

長谷川
「特に、煮穴子の棒寿司と弁当は目新しさもあって──
写真とストーリーだけで、“ギフト商品にしたい”という声もいただいています。
……正直、ここまでの反響には、胸が熱くなりました。」

児島
「……となると次は、“どれだけ作れるか”ですね。
売れ出したときに供給が追いつく体制が必要です。
つまり、米飯の仕組みが不可欠です。」

塚口部長
「今お願いしてるOEMの工場には頼れそうか?」

長谷川
「確認しました。
煮穴子を使ってもらっているあの工場ですが……
受注が急増していて、ラインを増設したばかり。
“新規案件は受けられない”とのことでした。」

塚口部長
「……つまり、冷凍寿司や弁当の需要は間違いなく伸びているということだな。」

長谷川
「はい。
聞くところによれば、その工場の商品はビジネスクラスの機内食にも採用されているそうです。」

塚口部長
「……そうか。なら、もう自分たちで炊くしかないな。」

長谷川
「ええ。他に頼れるところは、ありません。」

塚口部長
「よし。自社製造の方向で、進めてくれ。」

(会議室の空気が引き締まる)

長谷川
「ただ、いくつか大きな課題があります。」

塚口部長
「聞こう。」

長谷川
「まず、お米です。
JAに確認しましたが、全国的な米不足で価格が高騰しており、
安定供給の保証は難しいとの回答でした。

次に──お酢。
EUやアメリカへ輸出するには、各国の基準に適合した酢が必要ですが、
条件を満たすものが、なかなか見つかりません。」

塚口部長
「……なるほど。」

長谷川
「そして最大の壁は、設備投資です。」

塚口部長
「総額でいくらだ?」

長谷川
「急速冷凍機は既にありますが──
業務用炊飯器、酢の混合機、成形機、真空包装機……
特に“小売対応の真空包装機”は高額で、
すべて合わせて約4,500万円かかります。」

(一瞬、時間が止まったような静寂)

長谷川
「ただ、“ものづくり補助金(グローバル展開型)”を活用できれば、
最大3,000万円の補助が受けられます。」

塚口部長
「つまり、自己負担は1,500万円だな。」

長谷川
「はい。ただし、採択率は……23.9%。
狭き門です。」

(再び、言葉を失う静寂)

塚口部長
「……米の供給も不安定。
調味料のハードルも高い。
人材も、設備も……
乗り越える壁は、どれも大きいな。」

(しばし沈黙。誰もが考え込む)

長谷川
「……でも、ここまでの反響を見れば、やるしかないと思っています。

これまで積み上げてきた海外展開の実績を考えれば──
補助金は、きっと採択されます。

私たちが通らないなら、通る企業なんてありません。」

(静かな決意が場を包み込む)

塚口部長
「……わかった。
設備投資は、上に掛け合ってみよう。
お米とお酢の確保は、なんとか頼む。」

児島
「“次のステージに立つ覚悟”──ですね。」

(その言葉に、誰もが小さくうなずく)

田中工場長
「……ただ、あれだけの機械。
今の工場には──入りませんよ。

増設となれば……さらにコストが、かさみます。」

(沈黙。誰もが、目の前の現実を見据えた)

塚口部長(小さく頷きながら)
「……それでもやる。
“覚悟”とは、そういうことだ。」