Fill the Ocean with a Single Drop『大海を一滴で埋めよ』|第十八話『全滅』2025年4月30日

第十八話『全滅』
このドラマは、対馬水産による新規プロジェクトをユーモアとリアリティを交えて描くノンフィクション・シリーズです。
長年、活穴子を扱ってきた豊洲の仲買にとって、
私たちの提案は、受け入れがたいものだったのかもしれない。
2025年5月19日 9:00 本社会議室

【参加者】
営業所:塚口部長、児島
Zoom:長谷川(東京)
Zoom:田中工場長(長崎県 対馬)
塚口部長
「万博の出店、終わったな。どうだった?」
児島
「……売上目標には届きませんでした。
でも、一定の宣伝効果はあったと思います。」
塚口部長
「……そうか。」
田中工場長
『長谷川くん、お疲れさん。先週の豊洲の仲買の反応は?』
長谷川
『……申し訳ありません。全滅でした。
正直、もう、くたくたです。』
田中工場長
『全滅!? 一体どういうことだ?』
長谷川
『カナダに無償サンプルを空輸して、ドライアイスを同梱、冷凍のまま送りました。
でも現地の得意先は、客単価5〜6万円の高級レストラン。
“空輸された鮮魚”への信頼が絶対で、うちの冷凍品には……見向きもされませんでした。
特に穴子は、朝〆から数時間で届くのが常識の世界。
「冷凍は使わない」と……たぶん、試食すらされていません。』
児島
「そんな馬鹿な……
“解凍不要のチルド状態で届く”って、ちゃんと説明したんだろ?」
長谷川
『はい。何度も丁寧に説明しました。
でも……言葉は届いても、心までは届きませんでした。』
塚口部長
「……他の仲買の反応は?」
長谷川
『ほとんど同じです。
「鮮魚は鮮魚、冷凍は冷凍」——その境界線は、想像以上に厚かったです。』
塚口部長
「……そうか。
他に何か気づいたことは?どんな小さなことでもいい。振り返ってみてくれ。」
長谷川
『はい。
穴子って、本当に特殊な魚なんです。
豊洲では、生きたまま競りにかけられて、すぐに活〆。
数時間後には、高級店の厨房に並ぶ。
まさに“時間との戦い”。
そんな魚を、「高品質だから冷凍でも通用する」と持ち込んだ時……
彼らは、“自分たちの価値観を否定された”と感じたのかもしれません。
技術がどれだけ進化しても、それが「自分の居場所を奪うもの」に見えたら……拒絶される。
そんな空気を、感じました。』
田中工場長
『……なるほどな。
俺たちが自信を持って完成させた“ジャパンクオリティー”が、
市場の人間には“脅威”に見えたのかもしれんな。』
児島
「俺も展示会で何度も説明したけど、
「冷凍です」と言った瞬間に、顔をしかめられたよ。
まるでシャッターが下りるみたいだった。」
長谷川
『はい……。
それに穴子は、ものすごくデリケートです。
鮮魚なら、12時間で臭みが出始めて、24時間経てば白焼きでも匂いが立ってしまう。
だから、濃い味付けの煮穴子や蒲焼きでしか使われない——それが彼らの常識なんです。
でも……24時間を超える海外輸送には、冷凍こそが正解だと、私は今も信じています。
白焼きや天ぷら──繊細な高級穴子料理を世界に届けるには、
我々の冷凍しかないんです。』
児島
「確かに……海外で白焼きの穴子なんて、見たことないもんな。」
塚口部長
「となると……どの仲買に行っても、同じ壁にぶつかるかもしれんな。
我々の存在自体が、“業界にとっての異物”に見えてる可能性もある。」
児島
「皮肉なもんだな。
俺たちが狙ってるのは、まさにその“空輸チルド”の商流なのに。」
田中工場長
『長谷川……何か、打つ手はないのか?』
(沈黙。長谷川、ゆっくり顔を上げる)
長谷川
『……はい。
まだ一つ、やり残していることがあります。』
児島
「なんだ? 言ってみろ。」
長谷川
『……まだ確証はありません。
でも、一社だけ、気になる仲買がいました。
もう少し、時間をください。』
塚口部長
「……わかった。
やるだけ、やってみろ。」
長谷川
『はい。』
(静かにうなずきながら、その目には——あきらめていない光)