Fill the Ocean with a Single Drop『大海を一滴で埋めよ』|第六話:「根こそぎ」2025年4月8日

第六話:「根こそぎ」

このドラマは、対馬水産による新規プロジェクトをユーモアとリアリティを交えて描くノンフィクション・シリーズです。

地元漁師との対話から、持続可能な漁法と活け〆の意義を学ぶ。

2025年4月8日【対馬工場の休憩所】

参加者
対馬水産:田中工場長、長谷川
対馬の漁師:阿比留船長

昼下がり、潮の香りがかすかに漂う。

阿比留船長
「最近ほんとに穴子が少なくなってきたよ。
燃料も餌も高くなって、漁に出るだけ赤字。漁師も減るばっかりだ。」

田中工場長
「“マムシの兄弟”の噂、最近聞かないですね。」

阿比留船長
「ああ、惣島兄弟な。もう2人とも70は超えてる。昔は一晩で1トンとか揚げてたのにな…。
今はもう、ほとんど船を出しとらん。」

田中工場長
「このままだと、穴子漁自体がなくなりそうですね。やっぱり地球温暖化の影響ですか?」

阿比留船長
「それもあるが、もっと深刻なのは…
下関の漁船が、対馬の近海で底引き網漁の権利を持ってる。
あれで稚魚から根こそぎ持っていかれとる。」

長谷川(驚いたように)
「えっ、それって…おかしくないですか?
対馬では、みんな未来のためにカゴ漁で我慢してるのに。」

阿比留船長
「昔からの利権だよ。誰も強く言えなかった。
中には年に数回なら「底のゴミを掃除してくれるから助かる」なんて言う漁師もいたくらいだ。」

長谷川
「……納得できないです。
持続可能な漁をしてる対馬の人たちが報われないなんて。」

阿比留船長
「それがな、最近はその下関の船が、大型化の許可まで下りてな…。
今じゃ本当に“根こそぎ”って感じだ。ようやく皆も声を上げ始めたけど…。」

長谷川
「そりゃ、声を上げたくもなりますよ。
でも、なんで今の時代にそんなことが通るんですか?」

田中工場長
「世界的には、漁師の待遇改善という名目で、小型船から大型船へ移行する流れがあるんだ。
スウェーデンの大型船なんて、船内にスポーツジムもあるらしい。」

長谷川
「確かに…小さな穴子船で、狭い船室に寝泊まりして3日間漁とか、今の若者にはきついですよね。
でも、それと稚魚まで一掃する漁とは話が違うと思う。
対馬の漁師さんたちは…なぜもっと声を上げないんですか?」

阿比留船長
「声は上げてる。でも…届かんのよ。
わしらには分からんが、結局は政治の力なんじゃろうな。」

田中工場長
「世界では『年に数回まとめて獲って、あとは海を休ませる』って漁のスタイルが推されてるらしい。
でも、それが日本の海に合うとは限らない。」

長谷川
「瀬戸内、広島や下関の穴子は、規制無き 底引き網漁でもう絶滅寸前ですよね。
昔と違って、薄利多売で回る時代じゃないのに…。」

田中工場長
「だからこそ、俺たちは、対馬伝統のカゴ漁で獲れた活穴子を新鮮なうちに加工して、
高品質な冷凍で世界に届ける使命がある。
量じゃない、“質”の時代なんだよ。」

長谷川
「でもやっぱり…下関だけが、対馬の漁場で底引き網の権利を持ってるって、納得いきません。」

阿比留船長
「わしらの世代は、気力も、体も、正直限界だ…。
大きな政治力の前では、過疎化の進む高齢者の声は届かんのよ」

(少し間を置いて)
「お前みたいな若いのが、こうして疑問を持ってくれるなら…
まだ、捨てたもんじゃないかもしれんな。」

長谷川
「後で、総理に電話しておきます。」

一同 笑

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